19/9/1 乳児用チャイルドシート「前向きに着用」は間違い 交通教本も誤認識 制作側に直撃

9/1(日) 6:00配信

AUTOCAR JAPAN

免許更新時に配布 「交通の教則」に間違い

text:Kumiko Kato(加藤久美子)

法律で使用が義務付けられているにもかかわらずチャイルドシートの正しい使用方法はなかなか普及しない。

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この夏にも、おそらくチャイルドシートを正しく使用しなかったことが理由で、数名の赤ちゃんが亡くなっている。

なぜ着用率はもちろん、正しい使用が普及しないのだろうか。その原因を明らかにしていきたい。

交通の教則」(「交通教本」などの名称も)は自動車免許を取得または更新するときに必ず手にする配布小冊子である。自宅に保管している、クルマに入れているという方も多いだろう。

筆者がその「交通の教則」の中にとんでもない危険な情報を見つけたのは2018年9月のことだった。

免許を更新した際に免許センターで受け取った「交通の教則」のチャイルドシートに関する記述を講習中に読んでいたところ、以下の内容に気づき、愕然とした。

その間違いとは、最後の一文「(チャイルドシートは)必ず前向きに固定しましょう」の部分である。

以下、実際に書かれている内容を記す。


(2)チャイルドシートは使用の方法を誤ると効果がなくなりますので、取扱説明書などに従って、正しく使用させましょう。正しい使用の方法は次の通りです……

(中略)

やむを得ず助手席で使用させるときは、座席をできるだけ後ろまでさげ、必ず前向きに固定しましょう。

チャイルドシートには乳児用(ベビーシート)、幼児用(チャイルドシート)、学童用(ジュニアシート)の3タイプがあり、体重や身長など子どもの体の成長に合わせて、月齢や年齢ではなく、体の大きさに合わせて選ぶのが大原則である。

チャイルドシート国土交通省が型式指定をしている自動車部品という扱い。幼児と学童用は前向きで安全性等のテストをしており、乳児用は後ろ向きで同様のテストをしている。

したがって乳児用(1歳半頃/体重10~13kgまで)は進行方向に対して後ろ向きに、幼児用と学童用は前向きに使うことで、初めて正しく「自動車部品」を使っていることになるのだ。

これは「個々のシートによって使い方が異なる」というレベルではなく、日本で使用が許可されている乳児用シートは、すべてが後ろ向き(一部ベッド型は横向き)で使用する。

免許更新 講師に質問してみたところ

「これは赤ちゃんの命に係わる大変な間違いだ!」と思った筆者は、講習が終わるとすぐに講師に駆け寄り、間違いを指摘した。その時のやり取りが以下。

筆者:「これ、おかしいんじゃないでしょうか? 乳児用ベビーシートは、どんな席で使う場合も『後ろ向き』が大原則です」

講師「はあ? 間違いじゃない。後ろ向きで使うと、クルマがぶつかった時にエアバッグが開いて危険。エアバッグチャイルドシートを押すから。だから前向きじゃないとダメなんだ」

筆者「え? そもそもエアバッグのある席で乳児用シートは使ってはいけませんよ。教則にあるように『できるだけ後ろに下げて』もダメです。そして、乳児用シートは後ろ向きで使うように設計されているので、それを前向きで使うのは……」

講師「ここで言ってもらっても困る! (制作元の)交通安全協会に言ってくれ!」

と、結局、最後は怒り気味でその場を立ち去った。

なぜ、後ろ向きで使用するのか? 体の小さな乳児は衝突事故の衝撃をチャイルドシート本体の硬いシェルで受けることで高い安全性を確保するためだ。

乳児用シートは後ろ向きで使うことを前提に衝突安全テストを行い、国土交通省が認める安全基準を満たすよう設計、開発が行われている。

つまり、「交通の教則」に書かれているように、後ろ向きシートを前向きで使うことは大変危険な行為ということになる。

クルマの取り扱い説明書 「教則」と真逆

自動車メーカーの取り扱い説明書には以下のような「警告」がある。

「後ろ向きのチャイルドシートを前向きにして使わない」

「前向きにして使うと前方から衝突した時に、乳児が重大な傷害を負うおそれがあります」

「後ろ向きのチャイルドシートを前向きにして使わない」とは、交通の教則に記述されている「必ず前向きに固定しましょう」とは全く逆の内容になる。

同じクルマ、同じチャイルドシート、同じ赤ちゃんが乗っていて同じ衝撃を受けたとして、前向きでも後ろ向きでもどちらでもいい、なんてことは絶対にない。真実はひとつである。

そもそも乳児専用シート(後ろ向きのみで使うシート)はとくに、物理的に前向き装着できるかも疑問だ。

ISO-FIXタイプであれば金具の位置も違うから当然不可能。乳児用は後ろ向き、体重10kgを超えた頃から前向きの幼児用として使う乳幼児兼用シートの場合も、シート自体は同じでも向きが違うし、安全に使うための正しいシートの角度(乳児用は45°で幼児用はもう少し背もたれが立った状態で使用する)も異なる。

「この違いについてどう思いますか?」と、国土交通省チャイルドシートの安全基準などを審査する部署に聞いてみたら、「警察さんはそういう考えなんでしょう」との答えだった。

警察さんはそういう考え、で放置されたら困るのだが……。

繰り返しになるが日本で流通するチャイルドシート国土交通省が安全性を審査し型式指定を行っている。当然、乳児用シートは「後ろ向き」で審査を行っており、「前向き」での審査は行っていない。

つまり安全性は保証されていない。

制作元と警察庁広報室に聞いてみた

交通の教則」の制作を行っている一般財団法人全日本交通安全協会にこの件を聞いてみた。

担当者からの回答は以下。

「ご指摘ありがとうございます。こちらは平成11年に公安委員会から出された告示をもとに制作しています(=平成11年から内容は変わっていない)」

「修正する場合はこちらの判断だけではできませんので……」

また、警察庁広報室にも聞いてみた。

「担当部署に確認をしましたが、個々のチャイルドシートの取り付け方については、メーカーの取扱説明書を見て取り付けていただくようお願いしています」

「この記述はあくまでも、チャイルドシートを使用する際の一般的な『教則』ですので、間違いではありませんし、これからもこの『教則』にしたがって指導をしていきます」

警察庁では、これからも、赤ちゃんの命に係わる危険な状態での使用を指導するということなのか……。

大元は20年前、チャイルドシートが法制化されるタイミングで出された公安委員会の告示であり、その時点から完全に間違った内容となっていることになる。

警察や公安委員会の中でも、20年間誰も指摘するひとはいなかったのだろうか? その間、数億冊の「交通の教則」が発行されているのに……。

この後、警察庁に新たな質問をぶつけてみたところ、「これ以上の質問は個人の記者には対応できません。媒体として質問をしてください」との回答だった。

AUTOCAR JAPANの名で編集部より質問を送っている。その回答が届いたら、続報を掲載する。

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