*19/8/20 「あおり運転」撲滅は不可能!? 車の危険運転を先進技術で防げない理由とは
悪質なあおり運転に関するニュースが報道されるなか、クルマの自動運転が普及すると、あおり運転は自然消滅するという意見が存在します。しかし、筆者(桃田健史)は「あおり運転は当面なくならない」と指摘します。いったいなぜでしょうか。
高級輸入車による悪質な「あおり運転」が世間を騒がせているなか、一方で「こうした危険行為は数年以内に完全に無くなる」と考える学者や自動車エンジニアの人が大勢いますが、その根拠は、自動運転の普及です。
自動運転が、適切な速度と車間距離を保つことで、結果的にあおり運転が無くなる、という考え方です。
しかし、筆者(桃田健史)がこれまで、世界各地で自動車メーカー、自動車部品メーカー、IT関連企業、そして国や地方自治体などの行政機関などと自動運転に関する取材、協議、そして意見交換を続けたところ、あおり運転は当面無くならない模様です。いったいなぜでしょうか。
結論からいえば、2019年現在から10年先の2030年頃でも、20年先の2040年頃でも、あおり運転は無くならないと筆者は考えます。その根拠について、具体的に紹介していきましょう。
まずは、自動車メーカーの自動運転に関する考え方からです。
自動運転には、0から5まで6段階のレベルがあります。数字が大きくなるほど、自動運転の度合いが上がります。
これは、2012年にアメリカの運輸省、アメリカの自動車技術会、そしてドイツの国立自動車研究所が共同で発表し、2016年に一本化され、世界での共通認識となりました。
このレベルに関して、レベル2とレベル3の間に大きな壁があります。
レベル2までは、運転の主体は運転者ですが、レベル3以上になると運転の主体はクルマのシステムが担います。
筆者はこれまで、世界各地でレベル3の実験車両に乗ったことがあります。すると、当然なのですが、クルマは交通ルールをしっかり守って走ります。その状況では、後続車からしょっちゅう“あおられ”ました。
そのとき、「自動運転と自動運転でないクルマが共存することは不可能だ」と思いました。
また、レベル3での走行中「レベル2とレベル3の混走も難しい」と感じました。レベル2までは、車速や車間距離を一定に保つACC(アクティブ・クルーズ・コントロール)機能を、法定速度以上で設定することができますが、レベル3では法定速度を守るからです。
レベル3は2020年代前半から普及する見込みとなっており、世の中の乗用車の主流がレベル3以上になるには、自動車業界では「2030年以降」という見方ですが、こうした予測の根拠は乏しいのが現実です。
なお、ホンダは2020年に高速道路でのレベル3を実用化すると発表していますが、法定速度以下となる渋滞時のみに対応するとしています。
あおり運転撲滅のカギは、「モラルと欲望」のバランス?
このように、乗用車における高度な自動運転の社会実装は、そう簡単に進みそうにはありません。なぜならば、ほとんどの人が交通ルールを守っていないため、普通のクルマとさまざまなレベルの自動運転車の共存が難しいからです。
一般道路で時速40kmや時速50kmの法定速度で走ってみれば、後ろからあおられる状況はしょっちゅう起こります。交通ルールを厳守することで、あおり運転が発生してしまうのです。
そんな「そもそも論」について、レベル3の自動運転実験車両に乗っていると改めて気づかされます。
こうした問題を解決する方法はいくつかあります。
ひとつは、法定速度の見直しです。いわゆる実勢速度に適合していくこと。ただし、自動車の性能差や道路の設計要件で一気に変更はできないと思います。
高速道路では新東名で時速120km制限がおこなわれていますが、一般道路での実勢速度については関係各方面でのさらなる議論が必要でしょう。
もうひとつは、クルマに速度リミッターをつけることです。日本における法定速度の上限が新東名の時速120kmになるのなら、本来ならば日本で販売されるクルマは時速120km以上は出ない仕組みになるべきです。
この件について、筆者はこれまで関係省庁と何度か議論したことがありますが「自動車産業界に対して強制的な立場はとれない」という意見がほとんどです。
一方、自動車メーカー各社が自主的に、法定速度厳守のリミッターを装着する話はまったく進んでいません。
そうなると、最後は運転者のモラルの問題になります。まさに、昨今話題の高級SUVによるあおり運転が、クルマの運転に対するモラルの欠如の証明です。ただし、今回の事例は傷害事件におよぶほど、あおり運転を超越した事例です。
とはいえ、テレビなどでの報道でも引用されることが多いように、高級車や大型車に乗ると気分が大きくなる「ドレス効果」によって、あおり運転を起こしやすくなるといわれています。
逆にいえば、クルマにおける「ドレス効果」は、多くの人が持つ欲望のかたちであり、自動運転レベル3以上では、人々の「より速く走りたい」という「ドレス効果」が満足できないかもしれません。
自動運転の社会実装はそう簡単に進みそうにないと、あおり運転を通じて、そう感じます。
Writer: 桃田健史
ジャーナリスト。量産車の研究開発、自動車競技など、自動車産業界にこれまで約40年間かかわる。
IT、環境分野を含めて、世界各地で定常的に取材を続ける。
経済メディア、自動車系メディアでの各種連載、テレビやネットでの社会情勢についての解説、
自動車レース番組の解説など。
近著に「クルマをディーラーで買わなくなる日(洋泉社)